Halcyon Days

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近所の花屋の店先で売られていた桜の枝(1束15ドルなり)。

べすてふぁーるに手伝ってもらって、私のパソコンでクラシックミュージックを聴くHS(昨日理髪店で髪をばっさり切りました)。

最近ますます体力がついてきて、プレイグラウンドのジャングルジムの、ループを繋げたような形の梯子をひょいひょいとよじ登っていくHS。

日々の生活の何気ないような場面ひとつひとつに幸せを感じます

明日はべすてふぁーるの60歳のお誕生日。ちいさなHSも一緒に、べすてふぁーるを囲んでお祝いする予定です
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by jentene_i_nyc | 2011-03-31 11:14 | Life in NYC

少しずつ、少しずつ

雪が降ってみたり、午前中の気温が数度しかなかったり、先週の後半から週末にかけて、とても寒かったNYCですが、木蓮や連翹の花が咲き出し、少しずつ春の兆しが現れつつあります。

 実は先週の金曜日から、ノルウェーの義理の両親がこちらに滞在しています。私とHSが日本に一時帰国している間に1週間弱、我が家に滞在し、義理の父の誕生日をOと一緒に祝ってから翌日ノルウェーに向けて発つプランで航空券をとったのです。それが私たちが予定を早めてNYCに帰ってくることになり、孫のHSの顔も見られることになって、「Irisjentaたちにとっては、予定変更はとても不運で可哀想なことであったけれど、HSに会えるのはやはり嬉しい」とふたりは喜びました。睡眠不足で日中疲れ気味の私に代わって、HSを外遊びに連れ出してくれたり、HSの世話を何かと手伝ってくれるのが助かります。

 ふたりのNYC滞在最終日が義理の父の誕生日で、その数日後はHSの誕生日なのですが、その日を一緒に祝えないから、とちょっと早めなのですが、HSの誕生日プレゼントをNYCで買って頂きました。HSが以前からとても興味を示していた、キックスクーターとヘルメット。スクーターは3輪、2輪のものと較べて安定性があり、3歳ぐらいの子が乗っているのをよくプレイグラウンドで目にします。大人用の2輪のものは、街を歩いていると、白髪のおばあさんが乗っている姿をたまに見かけて、「かっこいい老婦人だ!」とまじまじと眺めてしまうのですが、遠い将来、HSもスクーターに乗る老人のひとりになるのでしょうか・・・ 昨日は近所の公園で初めて練習、スクーターに両足を乗せて、立ったまま、スクーターが滑り出すのを待っていたり、面白い間違いを連発してくれましたが、他のこどもたちがスクーターに乗って地面を蹴って進む姿を見ているうちに、何となくコツがつかめた様子。頑張れ、HS!

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by jentene_i_nyc | 2011-03-29 11:48

NYCより

東日本大震災。

いつもこのブログを覗いて下さる皆さん、もう御存知の方が殆どなのではないかと思いますが、私とHSは1週間半前にNYCに帰ってきました。

地震が日本を襲ったその日、私とHSは千葉の実家に里帰り中でした。家には私の母と、私とHS。父は所用があって、東京方面に出かけていました。突然の揺れ、数秒後には家中ががたがたと鳴りだし、尋常でないものを感じた私たち家族3人は食卓の下に避難。揺れはさらに激しくなり、居間の飾り棚の扉が勢いよく開き、中のものが飛び出して次々と砕け散る音が聞こえてきました。地震の震源がどこであるのか、そのときは知りようもありませんでしたが、大地震、日本に大変なことが起きつつあることは、揺れがおさまるそれ以前にわかりました。HSは私の腕の中でもがきにもがき、泣き叫んでいました。「だいじょうぶだよ」と宥める私の声にも、全く説得力が感じられなかったことでしょう。

揺れは随分長い間、続いたように感じられました。そしてそれがひとまず止んだとき、食卓のすぐ横のテレビをつけたのですが、余震が襲ってくる可能性が高かったため、私とHSは食卓の下から出るに出られず、HSは尚も泣き叫んでいました。そのうち東北の各地の沿岸地域に津波警報が出だし、それからしばらくして、中継を通じて私たちの目に飛び込んできた光景は・・・絶句するようなものでした。気がつけば、泣き喚いていたHS、精根尽き果てて、私の腕の中ですやすやと寝息を立てていました。地震時、すでに東京に到着していた父は、あの日数え切れないほどの人数の皆さんがそうだったように、帰宅難民となり、都内の祖母の家で一泊して翌日やっとのことで家に帰ってきました。

それから本当に色々なことがあり、最終的に私は予定を2週間余り繰り上げて、HSを連れてNYCに帰ることになりましたが、帰国の日まで毎日見続けた日本のニュース番組、カメラを通じてこちらに届けられた被災地の皆さんの姿や声、そして市町村の惨状、私は一生忘れることはないでしょう。被災された方々に対しては、もう月並みな表現で遺憾の意を表すことができないような気持ちです。今回の一時帰国中に東京で久々の再会を果たすつもりだった、大学時代以来の友人の御両親は、福島県いわき市にお住まいで、メールで御両親の安否を確認したところ、怪我はなかったものの、給水所で水をもらわなければならないなど、生活上の不自由がおありとのことで、原発事故の影響についてもとても不安がっておられるとのことでした。

NYCに戻って、真夜中過ぎに余震で飛び起き、HSの安全をそのつど確認し・・・ということのない、”平常”の生活に戻った私ですが、夜、薄暗い寝室で横になっていると、あの日の激しい揺れとHSの泣き声、日本に残してきた家族・友人たちの顔、そしてどす黒い津波に飲み込まれていく乗用車やトラックが次々と目の前に浮かんできて、眠りにつけるまでとても時間がかかります。繰り返し悲しみが襲ってきて、1日の間にもかなり気持ちの揺れがあるのが自分でもわかります。それでも、私が日本人だと知って、街頭や買い物に行った先で市民の皆さんが温かい言葉をかけて下さったり、市内の友人や日本・ヨーロッパの友人がメールをくれたり、心理面でとても助かっていることは確かです。東京のある友人は、私の両親が地震の影響で困っていないか、実家にわざわざ電話までくれました。感謝の念で一杯です。このような困難な時期にこそ、周囲のひとたちの人となりがあらわれる、とどこかで読みましたが、本当ですね。私はよい友人に恵まれていて、本当によかった。

私たちが日本にいる間、毎日深夜まで、テレビやインターネットを通じて日本の、特に私の実家のある関東の震災関係の情報を集め続けた私の夫、私たちがNYCに戻ってきて、初めて気が緩んだのか、PCのスクリーン上で気仙沼市が津波に呑まれる映像を見ながら、感情あらわに涙を流していました。そして私たちはその晩、日本の赤十字社宛に、我が家の家計が許す限りの募金をしたのですが、被災地の復旧のために、他に何か出来ることがないか、考えています。私個人ができることは、私たち家族が経験したこと、そして私の国に起こったことを、NYCの皆さん(まずは友人たちから)にお話していくことではないかと思っています。震災の記憶が色褪せないように。そしてHSには、なるべくトラウマにならないようなやり方で、日本への里帰り中に何が起こったのか、そしてとくに被害のひどい地域の復興には年月が要るかも知れないけれど、私の母国の国民がどれだけ気持ちを奮い立たせて、頑張っているかについて話をしていきたいと考えています。
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by jentene_i_nyc | 2011-03-28 12:13

Asobi@実家

5)お絵かき
 上:ばあばとの合作 (左から)「HSちゃん、ぱっぱ、まんま」
 下:私との合作 「虹」(私が描いたのは舟の部分のみ)

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6)カシオトーン
私が子どもの頃、実家の父が買ってきたカシオトーン。
NYCの幼児向け音楽教室でも練習していますが、HSはここ実家でも「ドレミファソラシド」「ドシラソファミレド」とスカラを一本指で弾いて、実家両親の拍手喝さいを受けています。

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現在、HSは居間で私の両親と空のペットボトルを使ってボーリングを楽しんでいます。
楽しそうに笑う声がたえず聞こえてきます。
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by jentene_i_nyc | 2011-03-10 14:17 | 日本帰省2011

Asobi@実家

1)Maisy's House and Garden
NYCを発つ前日にBarnes and Noble書店で買い求めた1冊。開くと、ネズミのメイシーちゃんの家の庭と、家の各部屋が飛び出してきて、紙製のドールハウスのようにして遊べます。紙でできた、メイシーをはじめとする絵本のキャラクターとお道具もついてきます。NYCから日本に向かう機内では、HS、「ぱっぱ」と泣いていないときはこの飛び出すおうちで夢中になって遊んでいましたし、日本に来てからもほぼ毎日のように遊んでいます。20数米ドルしましたが、本当によくできていて、子ども心をとらえる玩具です。

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2)粘土セット
実家の両親がHSのために用意してくれていた、お弁当が作れる粘土セット。卵焼きやハンバーグ、ご飯や野菜を作る粘土用の型や、スパゲッティーを作るピストン型の道具が入っていて、大人でも夢中になってしまいます。

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3)ままごと
某幼児用教材の知育トイとして送られてきた、レストランセット。HSは朝起きて、2階から階下の居間へ降りてくると、紙のコック帽を自分で頭にかぶって、つぎつぎと定食を用意します。ドリンクマシーンでコップにオレンジジュースや麦茶を注いで。今朝は<じいじ>相手に延々とままごとを続けていました。

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4)DUPLOブロック
実家の両親が、HSが実家での毎日を少しでも楽しんでくれるようにと注文してくれた、DUPLOのおうちセット。HSは上記のメイシーちゃんの紙の家と同じぐらい熱心にDUPLOのおうちで遊びます。家具はブロックが入っていた箱についている絵を眺めて、その通りに配置しようとするのですが、そうしたところは私が子どもだったころより、ずっと几帳面です。ブロックセットについてきたお人形を「ぱっぱ・まんま・HSちゃん」に見立てて、一緒に食事させたり、ベッドに寝かせたりして楽しんでいます。見立て遊びが本当に上手になりました。

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時刻的に遅くなりました。続きはまた明日
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by jentene_i_nyc | 2011-03-09 23:27 | 日本帰省2011

うち遊び・外遊び

雪が降りました。

私たちが日本に到着して数日はひどい底冷えのする日が続きましたが、ようやく春らしい陽気が巡ってきたと喜んでいたのも束の間、昨晩からは雨、雨が次第に雪に変わり、今朝は傘をさして歯科クリニックに行かねばなりませんでした。

 まるでみぞれのような湿った雪なので、地面に積もりはするものの、その上を歩くとびちゃびちゃと音がして、あちこちに雪が半分以上融けたような水たまりが。HSを近所の公園に連れて行ってはみたのですが、雪遊びの中盤からHSの関心が水たまりにいってしまい、こちらの制止の声を無視して水たまりに飛び込んだ挙句、水たまりの中で転んでずぶ濡れになったので、「ぷれいぐらうんどで あそぶのー」と泣き叫ぶHSを両腕に抱えて早々に退散することになってしまいました。実家の庭先で遊ばせるのにとどめておけばよかった...。

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 帰宅してからはうち遊びだったのですが、HS、実家の母が買ってきたクレヨンのワークブックに延々と向かって、ワークブックの絵の線をクレヨンでなぞっていました。日本に来てからというものの、HSは折り紙とクレヨンでのお絵かきが大好きになり、我流で折り紙を何枚も折っては「これは どあ」「これは へび」と見せてくれたり、ばあばとの合作で「ぱっぱとまんま」の絵を描いてくれたりします。ばあばが褒め上手で、HSが自主的に何かをするととにかく褒めまくるので、これまで「まんまが かいて」というばかりで自分はあまり握りたがらなかったクレヨンを自ら握って絵を描きたがるようになりました。

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 私自身は両親にHSの世話も助けてもらって、生活的にはずいぶんと楽にはなったのですが、ここ数日不眠気味のうえに、両腕や腰にアトピーがどんどん広がってしまい、本日はついにNYCの皮膚科の先生に処方していただいた薬を服用しなければなりませんでした。本当はメールしたい日本の友達も沢山いるのですが、今日はもう寝なければなりません。
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by jentene_i_nyc | 2011-03-07 21:58 | 日本帰省2011

綿入れ

昨日私たちに会いに、私たちが滞在している実家まではるばる足を運んでくれた、<花仙さん>こと母方の伯母。HSに沢山の可愛らしいお土産と、亡き祖母が私のために縫ってくれた朱色の綿入れを持ってきてくれました。赤ちゃんのおくるみとして祖母が作ったこの綿入れですが、90センチサイズなので、今のHSがどうにか着られる大きさです。今朝早速HSに着せてみました。
 HSの七五三用の着物は、HSのどちらかというと洋風な顔立ちに合わせてか、現代的なデザインのものを実家の両親に選んでもらいました。それとは対照的に、祖母作の綿入れは色彩も絵柄もとても古典的ですが、とても「和」が感じられて可愛らしい。30云年の月日の流れを感じて、しみじみしてしまいました。

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 花仙さんは綿入れに加え、HSのドレスとスカートに仕立ててくれるという古典的な和柄の生地と、HSのために編みかけてくれている、ノスタルジックかつロマンチックな雰囲気のレーススカーフを持参してくれました。以前編み物専門の手芸家として活躍していらっしゃった花仙さん。その編み物の技術は本当に素晴らしく、スカーフの完成品をこちらにアップするのが今から本当に楽しみです。

 「想像していたより、ずっと痩せていて、顔もちっちゃい」というのが、HSに久々に会った花仙さんの感想。最初は緊張していたHSも、しばらく経つと、花仙さんが家族の一員であることを察したようで、最後にはなかなか打ち解けている様子でした。
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by jentene_i_nyc | 2011-03-06 13:23 | 日本帰省2011

日本より

気がつけばブログを放ったらかしにしたまま、1週間以上が経ってしまっていました。
そして早いもので私と娘が日本に到着して6日目です。

 NYCから日本までの13時間のフライト中、HSが寝たのは2時間弱。JFK空港まで私たちを送りに来てくれたOとセキュリティーゲートで別れた際、ぱっぱが私たちと一緒に「じいじ・ばあばのおうち」についてこないのにひどくショックを受けてしまったHS(前日から「ぱっぱは いえで おるすばん」と説明していたのですが、幼いHSにはあまりよく理解ができていなかった様子)。機内では私が手荷物のダッフルバッグの中に用意してきた飛び出す絵本やデュプロブロックのキャラクター、折り紙で遊びはしたのですが、度々ぱっぱを思い出しては「ぱっぱは どこー?ぱっぱは おしごと?」「どあは どこー?HSちゃん おそとにでて、おうちに かえりたーい」と泣きだし、私もHSの気を紛らわすのに必死でした。「では ひこうきの どあをさがしてみよう」とHSの手を引いて通路を何往復もしてみたり、お煎餅を食べさせてみたり。飛行機が成田に着くころまでには私は憔悴しきっており、空港まで迎えに来てくれた実家の父の運転で1時間かけて実家に向かう途中、ひどい車酔いをしてしまいました。

 その晩は、時差ぼけに加え、神経を高ぶらせていたHSは1時間ぐらいしか寝ず、その翌日は午後5時就寝、午前3時起床、翌々日は午後6時就寝、午前3時起床… と時差との闘いが続きました。今朝は午前4時起床でしたが、HSは日中2時間のお昼寝をしたので、午後はなんとか午後7時ごろまで起こしておくことができました(昨日までは午後6時ごろになると、夕食の途中でもこっくりこっくりと舟を漕ぎだし、沈没してしまっていたのです)。明日は一体何時に目を覚ますことやら…

 そんなことで、毎日なかなかブログにまで手が回らないまま、6日が経ってしまったのですが、私たちはどうにか元気です。日本に来てから急激に日本語が伸びて、実家の父母と楽しそうに話すHSの姿を見るのは本当に嬉しいものです。昨日はお雛祭りだったので、家族で「菜の花弁当」を食べて、今日は一日遅れですが、お雛様を出して、HSの3度目のお雛祭りのお祝いをしました。お雛様、私の母が私のために作ってくれた木目込み人形ですが、本当に久々に目にしました。HSは雛人形よりも、桜餅とひし餅の方に関心が行ってしまっていて、写真を撮っている間にも、「まま、これ、これ、これ!これが たべたいの!」と大騒ぎしていました(苦笑)。「花より団子」の娘です。

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by jentene_i_nyc | 2011-03-04 21:26 | 日本帰省2011

北欧・ノルウェーの首都に住んでいるirisjentaの徒然日記。学生生活・育児生活・季節の行事その他雑記。
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